春のキャンプ
1.春はいつから?
パチ、パチパチ。3月の晴れた日、まだ残雪がかなり残る森の中へスノーシューをはい
て入って行くと、森の中にこんなかわいい音が響いてくるような気がします。冬の間、硬
い衣で身にまとっていた冬芽たちが、弥生の暖かい陽射しと風を受けて芽を急激に膨らま
せ、一斉に外側の硬い殻を弾き飛ばして雪の上に落としていくのです。
 私は、兵庫県北部美方町にある尼崎市立美方高原自然の家で自然学校の指導と運営をサ
ポートする仕事としています。ここは冬季には2〜3メートルの積雪があり、そり遊び、
かまくら作り、公式雪合戦など積雪地域ならではの遊びや雪中キャンプをする子どもたち
の歓声に囲まれています。この施設周辺の自然を一年通して観察していると、その年の積
雪がどんなにたくさんあっても、毎年3月の声を聞くとすぐ、森の中の大きなトチやホオ
の木の下には無数に赤い冬芽の殻が散乱し、またその周囲に恋人を探すウサギたちの足跡
を見つけることができるのです。
3月のまだまだ冷たい雪上を通り過ぎていく風の中にも、春の気配を感じることができ
たとき、季節が巡るうれしさと幸せを実感します。

     

2.春の喜び
 なぜ、春が来るとうれしいのでしょう。私はどの季節も大好きですが、やはり春はなん
となくホッとします。あなたにとって春はどんな存在ですか。日本人は古来より敏感に季
節の変化を感性で感じ、そして他の国には見られない繊細な言葉をたくさん持っています。
その中で私の好きな春の季節語に「風光る」という言葉があります。うらうらと晴れた春
の日は光が見るもの全てに満ちて、まるで風が光っているように感じられるという意味で
すが、根底には見るもの全てが新鮮にそして美しく輝いて見えるほど、心の奥底から湧き
上がるうれしさや楽しさがある証だと考えています。きっと動物である私たちが、厳しい
冬を無事乗り切れたという安堵と感謝の気持ちを表現したのでしょう。どうやらこの辺に
春を楽しむ秘訣が隠されているのかもしれませんね。

           

3.残雪期のキャンプ
 1)どこまでも歩こう
ザク、ザクザク。残雪のある場所でのプログラムの醍醐味は、やはり雪上ハイキングで
しょう。「かた雪」「締り雪」と言いますが、降り積もった雪が自身の重さと気温の上昇に
よって固くしまり、どこまでも軽快に歩いて森の奥へ行くことができるんです。新雪が多
い2月などは、カンジキやスノーシューを履いても、まるでぬかるみの中を這い回るよう
に1歩1歩が重く、とても長時間歩き回ることはできません。どんなにいい道具を使って
いても、新雪が積もった分だけズボズボと体が埋まってしまうのです。森も遠目には白一
色ですぐどこまでも行けそうですが、とても奥までとは気安く言えず、これではブッシュ
で森に踏み込めない夏と行動の上ではそうかわりがないと言えるでしょう。
でも、春の残雪の森は違います。長靴さえあれば遠慮なく大粒の氷になった雪上をどん
どん森の奥へ進んでいけます。しかも、足の下には積雪分の“厚底ブーツ”がありますか
ら目線がすごく高く、普段はあまり目にすることがない樹木の枝先や芽などが目の前にグ
グッと近づいてきているのです。しかも、葉っぱがない分樹木の枝ぶりや鳥の巣跡などの
意外な発見も期待できます。


        

そして、最大の楽しみは動物の追跡ハイク。昨日の動物たちの営みが雪上に残された足
跡などから手にとるようにわかり、食べ後やその後のフンの観察はもちろんのこと、どっ
ちに行こうかちょっと悩んだ様子や、雪の薄いところを踏み抜いて転んだ跡、天敵に追っ
かけられた様子など、足跡などの痕跡を見ながらみんなで想像を膨らませるだけでも楽し
いもの。動物の種類や固体別の性格の違いまでもわかってしまい、中にはおもしろい行動
をとるものも結構いるようでとても楽しめます。
昨年出合ったテンは、木の上に多分ネズミなどを追っかけて登ったもののつかまらなか
ったのでしょう。ふてくされていたのか、めんどうくさかったのか、3m近い木の枝から
飛び降りた痕跡を残してくれました。その飛び降りた後は、ズボッと音が想像できるくら
いはっきりと全身雪に埋もれ、ここが尻尾の先、前足の長さが何センチ、しかも頭の部分
は、体の部分があまりにしっかり埋まってしまって雪のアッパーが見事に決まり、アゴが
めいっぱい上に跳ね上げられた様子やヒゲの跡までわかってしまいました。この跡を見つ
けたみんなで、「このテン、ひょっとすると首が後ろに曲げられムチウチになったかもしれ
ないね。」なんて話したものです。
それに、恋の季節がはじまり、多くの動物たちは自分のテリトリーを示すために、さま
ざまなマーキングをするようになります。この時期、このマーキング探しもおもしろいも
の。オシッコに分泌物をまぜてする動物も多く、色や匂いも“格別”です。オシッコを見
つけるたびにみんなで匂いをかぐのですが、何回かやっていると、不思議と固体で微妙に
違う匂いに気がつきます。春のアロマエッセンスかもしれません。

2)親子で遊ぼう
気軽に行けるということは、キャンプの参加者に幅が広がることでもあります。小さな
子どもを含めた親子の活動もぜひおすすめ。寒さも緩んでいますから、ゆっくり時間をか
けて散歩しながら春を探せます。雪解けが進んでいるので、雪の上には雪とともに積もっ
た落ち葉や小枝などがたくさん顔を出しています。この小枝などを集めて雪の上に絵を描
いたり、春の気配をビンゴ形式に表を作って春探しをするなど、親子の対話を大切にする
活動を中心にプログラムを展開しています。親子が春について話しあう姿はなんともほほ
えましいものですね。

        


3)注意すること
この季節、遊ぶことには事欠きませんが、雪上であることと暖かくなっていることは常
に雪崩などの危険か潜んでいることをスタッフはしっかり意識することが必要です。行動
する個所の下見は入念にしなければならないのは当然のことと言えます。特に、積雪下の
地面の様子もチエックしましょう。雪の層がやせてきますから、小川や木の幹周り、岩だ
な等の空洞の上に覆い被さった雪の層が薄くなり、突然踏み抜いたり、部分的に突き出た
岩に足をぶつけたりもします。私も気楽に歩いていて突然首まで雪に埋もれたことがあり
ます。下に小川があったのですが、もしその川がもう少し大きかったり流れが強かったら、
きっと私は雪のトンネルの中を流されてしまったでしょう。
また、3月ともなれば日中は暖かく、活動しているとかえって汗ばむほどですが、朝夕
はしっかり冷え込みます。体調を崩さないよう、気温等に敏感に反応し、こまめな服装調
整が必要です。また、キャンプをする場合、野外炊事や生活に必要な上下水道も寒さか
ら管理しないといけません。気温変化が一年で最も激しい季節と言えるでしょう。私の
勤める施設のキャンプ場も幾多の失敗の末、冬期でもキャンプを通常どおりできるよう上
下水道にヒーターを設置しました。

       

4.春本番のキャンプ
 ニョキ、ニョキニョキ。3月の末、さすがの雪も消えると植物たちは待ちかねたように
一斉に芽吹き始め、原っぱは少し目を離すといつの間にか草花に彩られていたりします。
日に日に自然の変化が実感できるこの季節は「原っぱ遊び」が特にお勧め。植物たちが活
動をはじめるとすぐに冬を越した昆虫たちも活動に加わり、きっとにぎやかな陽だまりを
楽しめることでしょう。どんな観点から自然を楽しむプログラムを組みたてるのかは工夫
次第といえます。

 1)観て楽しむ
 春先はたくさんの草花が競って花を咲かせます。雪の白一色、枯れた草の茶色一色だっ
た野原が、赤や白、黄、青、緑と鮮やかな色であふれます。ない色がないと思うくらいい
ろんな色が次から次へ現れ、色だけではなく、さまざまな芽や花などの形も現れてきます。
綿毛を持った植物も意外に多く、パラシュートを持った種の形比べも楽しいもの。新しい
ものが現れたり発見したら、野次馬のようにすぐ覗き込むようにすると、春のおもしろさ
を実感できますね。

 2)聴いて楽しむ
 春は小鳥や虫たちが帰ってきます。しばらく耳をそばだててみましょう。周囲から春の
営みが聞こえてきませんか。空高くで歌う小鳥たちの歌や、顔をかすめて飛んでいくミツ
バチの羽音、葉の陰を歩くカナブンの足音。注意すると意外な音に出会えます。あなたは
草の上に寝そべって空を見上げたのはいつですか。忙しさの中で以外と忘れ去られている
心地よい春を実感できるプログラムの一つです。

 3)匂って楽しむ
 スミレの匂いはどんな匂いなのでしょう。タンポポやレンゲは甘い匂いはしたのでしょ
うか。きっと子どもの時には誰もがかいでいた匂いを思い出してみるのにいい機会です。
人の鼻も動物のように一度かいだ匂いを結構覚えているようなので、私は植物の名前を覚
えるより、まず植物の匂いを覚えるようにしています。花や葉をもんで匂いをかぐだけで、
なんだかその植物が身近に感じられてくるから不思議です。

 4)舌で楽しむ
 春は食べることのできる山菜がたくさんあることはご存知だと思います。珍しいものに
挑戦さえしなければ、ツクシやフキノトウなど素朴な味を楽しむことができます。山菜取
りの3原則を知っていますか。この次にあげる3原則さえ守っていれば、自然が与えて
くれた恵みをゆっくり楽しむことができるでしょう。
 @収穫時期をずらさない。A食べられる部分だけを採取する。B3分の1の資源を必
ず残す。というもの。あとは良く似た毒草に手を出さないようにすることだけで完
璧です。

 5)さわって楽しむ
 春の草花は伝承遊びの宝庫。つないだりくっつけたりひっぱったり。形をどんどん変え
て楽しむことができます。私は草花で遊ぶことは、命を感じることだと考えています。花
や葉はすぐしおれていきますが、この遊びをとおして、草花を知り、季節の移り変りを知
り、限られた命の美しさに気づき、自然の偉大さと自身の心を結び付けていくことにつな
がっているのだと思います。


          
 
 5.春のキャンプは春を感じること
 キャンプの最大のねらいと効果は、参加者に何を感じ取ってほしいのかというテーマづ
くりに大きく左右されます。テーマの中でプログラムを考案し、アクティビティを考案し
ていくのですが、季節を感じるキャンプをしようと考えるなら、少なくとも現地の下見は
欠かすことができません。もちろん下見の時期も大きな要因となりますが、実際の場で参
加者が何を見て、何を体験して欲しいのかを明確にして実施にあたりたいものです。
ただ、指導者も得て不得手があり、いつのまにかどの場所に行っても同じプログラムを
してしまっているということがありますね。これは、参加者に何かをさせよう。教えよう。
学ばせよう。という指導者側の余裕のない一方的なエゴの現れに他ならないと思っていま
す。
 自然は日に日に移り変わり、2度と同じ姿を見せてはくれません。その2度とない自然
の姿にあわせたプログラムを作り出す力は、私たちの自然に開かれた心の窓の広さと、好
奇心と、素直な感謝の気持ちから湧き上がってくるものでありたいと考えています。